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平安太刀もどき制作記


太刀を帯びることは現代ではあり得ませんが、やはり平安装束を着用するときに太刀も良いなぁと
あこがれるのは無理もないこと。束帯を着るわけではないので飾太刀の必要はないのですが、
やはり何らかの平安風の太刀を手元に置きたいと考えました。あくまでも平安「風」です。
 平安の公卿は束帯でなくとももちろん帯剣はしました。衣冠はもちろん、狩衣でも場合によっては
太刀を帯びます。束帯の場合は豪華な織物である平緒で腰に括りますが、それ以外の略儀の場合は
紫韋(革)の「くけ緒」(丸く太い紐)を用います。
平安太刀の種類は大きく分けて4種類になります。

(1)飾太刀:束帯用の細い直刀で唐鍔、豪奢の限りを尽くした美麗なもの。
(2)細太刀:飾太刀があまりに高価なために代用した細身の太刀で唐鍔。これでも豪華なもの。
(3)兵仗の太刀:野太刀とも言われる実戦的な太刀で葵鍔。ただし公卿が用いるものはやはり美麗。
(4)毛抜型太刀:これぞ実戦用の太刀。衛府の官人や警護の武士などが用いたもの。葵鍔で柄は共鉄。

博物館蔵品の太刀類

金装梨子地螺鈿飾太刀(東京国立博物館蔵) 同左の柄部分
金装梨子地蒔絵細太刀と平緒(國學院高等学校蔵・復元品)

近代の装束では飾太刀はまったく使われないと言って良いでしょう。あまりに豪華すぎて博物館向きです。
細太刀も次のような簡略型になっています。

近代の細太刀(大正時代・個人蔵・全長85.5cm)
細太刀は飾太刀の飾金物を省略したものが本来でしたが、近代では陣太刀風の湾曲のある刀になっています。
この細太刀は戦前の勅任官が儀式の際に使用したもので、鞘は沃懸(いかけ)地という目の細かい金粉を使ったもの。これは平安時代は検非違使や老人用でした。
細太刀の各部名称
細太刀が陣太刀と異なるのは、柄に糸を巻かずに鮫皮をそのままにしていることと、鍔が一般的な日本刀のような刀身に対して垂直な葵鍔(四つ葉型)や粢鍔(しとぎつば・円形)ではなく、刀身に平行な唐鍔(分銅鍔)であることです。
 帯取韋は近衛は赤、左門が紫、右門が青などと規定されていましたが、近代ではすべて紫です。手貫緒も同じ材質の韋紐です。
 鞘は上記のように沃懸地蒔絵。かつては公卿は螺鈿梨地蒔絵、殿上人は梨地蒔絵、六位以下は黒漆などとされていたようですが、これも近代では割と自由に選択して使っているようです。この細太刀の所持者が老人であったかは不明です。

さて今回の意図するところは・・・
 装束を着用したときに用いるのですから(4)はちょっと場違いですので(3)以上のモノを希望します。
しかしレプリカのものでも目が飛び出るほどの値段がします。
たとえば「井筒」さんのカタログでは(3)が65万円(舞楽・人長のための黒漆銀装細太刀)、
(2)と類推できる「飾太刀代」は800万円!、(3)の豪華版「衛府太刀」が700万円!です。
いくらなんでもお遊びで買える値段ではありません。800万円出せばかなりの名刀(真剣)が買えます。

 ではあきらめるのか・・・。別にあきらめても一向に構わないのですが、せっかく気分が盛り上がったところで
あきらめては装束好きの名折れです(笑)。ここで救いの神はなんと海の向こうスペインから現れました。
 スペインにはDENIXという大砲やら中世のピストルのレプリカを作っている会社があります。
もちろん大砲はミニチュアです(笑)。
 刀にも力が入っていまして、古代ローマから中世ヨーロッパの剣、槍やら南北戦争のアメリカのサーベル、
ナチスドイツの短剣など、もう、ありとあらゆる武器を製造している何とも物騒な会社です。

 この会社では日本刀のレプリカも製造しているのですね〜。それもかなりの人気商品らしく、ラインナップは
相当なもので、刀剣シリーズの3分の1くらいが日本刀です。しかしこれが何ともアヤシイ日本刀で、湾曲の具合、
柄の拵え、どれも「?」と首を傾げたくなるモノです。その中にありました「HEIAN SWORD」が!
2種類ありましたが1種は製造打ち切りだそうで、今回購入しましたのは鞘が赤茶色のもの。
値段は2万8百円なり(送料・代引き手数料含む)。
800万円あれば1ケ連隊分買えます(笑)。全長は108cmで、上記細太刀と比較すると非常に長く、実戦的?

 ところが「平安太刀」と銘打ってあるものの、なんと柄巻き(柄を紐で巻いたもの)があるではありませんか。
日本刀の代名詞のように思われる柄巻きですが、平安時代には柄巻きはありませんでした。
柄巻きをした「糸巻き太刀」は鎌倉時代後期から用いられているものです。それまでは柄は鮫皮むきだしか、
毛抜き型太刀のように刀身と共鉄のものが用いられていました。

 上の写真は購入時の状態ですが、江戸時代の刀と平安の飾太刀を足して2で割ったようなヘンテコなシロモノです。
どうせ平安太刀を再現するのならば、もう少し研究して欲しかったですねぇ。飾太刀なんかを正確に再現したら、
豪華でエキゾチックで、ヨーロッパのコレクターに受けるのではないでしょうかね。細身の直刀にして欲しかったですが、
それは言っても始まりません(ただ、この会社に具体的に指示して、ある特殊な長剣を製造してもらおうとしている
日本の業者があります。詳細な図面を添えて商談すれば本物の飾太刀も夢ではないかも)。

 まぁ利用は可能なようです。上記で紹介の近代の細太刀と異なって、帯取韋をつける金物は足金物ではなく、
本格的飾太刀のような「一の足・二の足」の「山形金」になっています。鍔は一応唐鍔のような感じ。ただ細工されている
模様は何ともアヤシイ「東洋風」な唐草模様みたいなもので、スペイン人の考える「日本・平安時代」はこんなものなのでしょう。
 それにしても、これらの金物類がみな重厚すぎるのが気になるところ。本来は繊細な透かし彫りの彫金なのですが、
このレプリカは一体成形のアルミ鋳物です。まぁ仕方がありませんね。

柄巻きを外したところ 飾り目貫を貼り付ける 鞘がしぼ革みたいです ベランダで蒔絵塗装中

改造開始
 ともあれこれを利用して何とか平安太刀もどきを作りたい。さっそく改造を開始しました。
まず柄巻きの糸を外します。この刀は古色仕立てとでも言うのか、柄の鮫皮などをわざと茶色く汚してあるようですが、
せっかく作るのですからとクレンザーで磨きました。少しは白くなりましたが完全ではありません。ま、そのあたりは柔軟に
考えたいと…。鮫皮は刀剣店で一枚一万円くらいで売っていますが、今回使用するには贅沢すぎるので、
このままにしました。
何しろアヤシイ刀ですから、柄巻きの下のプラスチックに鮫皮模様があるか不安でしたが、一応それらしい模様があり、
これならば大丈夫と判断したわけです。

 この柄に飾り目貫を接着剤で貼り付けました。どうです?何となくそれらしくなりましたでしょう?
この金具は千代紙で小さなタンスみたいな小物を作るときの菊模様の鋲で、東急ハンズで合計210円で購入。
良いものがあって助かりました。
 さて、次は鞘です。元々のモノは安物の合成皮革、ビニールレザーの赤皮しぼみたいなもので、ちょっといただけません。
これを蒔絵風にすべく、塗装をしました。

 同じく東急ハンズで金粉と塗料(オートバイ用)を購入し、さっそくベランダで塗装を開始です。スプレーを掛け、乾かない
うちに金粉を散らし、またその上からスプレーを掛けます。透明のスプレーなので金粉がキラキラ輝いて見えます。
当然、新聞を敷いてスプレーを掛けたのですが、風で飛んだために、スノコまで塗装してしまいました(苦笑)。
ところがこのオートバイ用の塗料は透明感があって良いものの、数度塗り重ねていくと、何ともド派手なオレンジ色に
なってしまいました。ヤクザの長ドスみたいな感じになってしまっています。こりゃ大変。あわてて塗料を買い足しました。
今度は「ウレタンニス・マホガニー色」です。

思わぬ泥沼に
 鼻歌混じりにウレタンニスをスプレーしますと、何とせっかくキラキラ輝いていた金粉が、見る見るうちに曇ってきたでは
ありませんか!あれよあれよという間に、単なる茶色の鞘になってしまいました。何たること。今までの苦労が水泡に
帰してしまいましたぁ。しかし、ここであきらめてはいけません。金粉蒔きは慣れたのでサラサラともう一度振りかけます。
こんなこともあろうかと、金粉は3袋も買ってあったのです(1袋280円)。2袋目の半分を使用した段階で、鞘は再び金粉が
キラキラした状態に戻りました。ホッ。
 
 同じ失敗は繰り返さないように、今度は慎重にウレタンニスをスプレーしました。塗装の鉄則は「薄く薄く」数回塗り重ねる
ことです。素人はどうしても一度に厚塗りして失敗してしまうのです。私は素人の中の素人ですから、当然この失敗をして
しまったわけで、今回はそれに懲りて鉄則に従うことにしました。1時間おきに薄塗りを数回くりかえし、何とか茶色で下から
金粉のきらめきの透ける「蒔絵風」に仕上がったのです。ここでやめておけば良かったのですが・・・。

 さらに光沢を増そうとして、翌日「透明クリアラッカー」のスプレーをさらに掛けました。のみならず本当の蒔絵のように
文様も描こうと金色のラッカーと筆を購入し、当家の袍の異紋である「枝折菊」を片面3箇所ずつ描きました。
それが乾いたあと、またクリアラッカーをスプレーしたのです。するとつやつやピカピカ、いかにも蒔絵です。勝利を予感して
乾燥させるべく外に放置しました。
 2時間ほどしてルンルン気分で見てみますと、あ〜ら不思議。ツヤはあるものの表面には細かい「ちりめんじわ」が!
これは一体どうしたことでしょう。気温5℃の外気で作業したためなのか、はたまた各種の性質の違う塗料を塗り重ねた
ことによる化学変化のためなのか、ともかくピカピカではあってもツルツルではないものに仕上がりました。

 ここで決断です。「これ以上何かすると泥沼にはまる。物事は退き時が肝心」・・・と。
 翌日、完全に乾いた状態になりました。金具部分に巻いたマスキングテープを外してみますと、これはこれでなかなかの
出来映えではないですか。刀身を鞘に収め、紫の帯取韋を付け、これに「七つ金」と呼ばれる前3つ、後ろ4つの
「責金具」を取り付けました。また、柄頭の「冑金」に付いていた手貫緒も紫の組み紐に交換。それまでは柄巻き紐と
同じ紐の、何とも言い難い無骨な飾り紐でしたので、この付け替えでぐっと雅になりました。

完成!「小鳥丸」
 さて、こんなところで一応完成なのですが、下の写真、どうでしょう?それらしく見えますでしょうか?
桓武平氏伝来の皇室御物「名物・小烏丸(こがらすまる)」ならぬ「迷物・小鳥丸(ことりまる)」と命名いたしました!

刀身は細身で反りが少なく、一応平安風です。
飾り目貫金具が光っています。
手貫緒も付け替えました。
七つ金も定法通りに。
鞘には金の塗料で枝折菊を三箇所に描画。
いかがでしょうか? 本人は満足顔です。

下襲と平緒があれば「束帯」は無理でも「布袴」はできますね。平緒も工夫次第で自作できそうな気がします。
まだまだ改良の余地はありますが本人は満更でもない様子。
ちなみに江戸時代の刀のように帯に「差す」のではなく、太刀のように紐で腰にぶらさげることを「佩く」(はく)と言います。
 以上、お遊びのページでしたぁ〜。

【2004年の後日談】

素晴らしい太刀が発売されました!!

舞楽装束を破格の価格で提供される、奈良県の装束店「しろくま堂」さんから、舞楽「陪臚 (ばいろ)」用の飾太刀(細太刀)が発売されました。
ちゃんとした唐鍔、そして抜いて振って踊れる、きちんとした作りです。拵えもきちんと定法通り、柄は本鮫皮。

飾太刀と比べますと若干短めですが、これは踊りの中で抜きやすいように作るためだそうです。
これでなんと・・・10万円!! (平緒は別、平緒35,000円、垂平緒65,000円)
はっきり言って破格値です。

もう変なモノを作るのはやめました〜〜ぁ。


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